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モンキー桜

20代 お金×働き方の漫画ブログ

「仁義」という呪縛。同調で個人を縛る義理人情コミュニティに軽い気持ちで参加してはいけない。

オピニオン

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こんにちは、意識高い系だけどコミュ障のきはるです。
 
少し心の闇を出します。
 
 
突然ですが、私は「仁義」という言葉に吐き気がします。
 
 
本当は素敵な意味の言葉なんですけどね。もうエゴの塊に思います。
後ほど紹介しますが、少しトラウマがあります。
 
 
「仁義」って、使い方を間違えると他人を縛り付けたり、エゴを押し付けるものになります。
 そこを理解してもらいたいです。
 

 

同調を強いる組織の慣習

 
私たちは国家・家族・会社・学校など、生きる上で何かしら組織との関りは避けられません。
 
そして組織には、組織の平和を保つためのルールや慣習があります。
 
もし、あなたがそれを守らないなら、、
 
「ルールは守れ」
「空気読め」
「自分勝手だな」
 
などと制裁をくらうことでしょう。
 
例えそれが「自分の人生のため」であっても組織の和を乱すのは許されないようです。
 
確かに、組織にお世話になっているなら組織に同調するのも大切。
困っている時に助けてもらえることがありますからね。そして、その時に受けた恩があるなら、時間を掛けてでも返すのが礼儀と思います。
 
でも、組織だって個人の集合体。
その個人ひとりひとりにも人生があります。
 
サービス残業を当たり前とする会社、子どもの進路を支配しようとする家族などなど、
個人の人生を無視するような組織が日本に多くあるように感じます。
 
 

私のトラウマ

 
私もある組織に所属して、とてつもなく人格を否定された経験があります。
 
それは、野村證券で営業をしていた頃の話です。
これ、会社での人間関係ではありません。お客様との人間関係です。
 
 
私はお客様との人脈を広げるために、50~70歳の方々が集まる地域コミュニティに参加しました。
 
実際、その方々には大変お世話になりました。そして私もその方々の役に立つために、地域コミュニティのイベントでは休日を捧げて汗水たらして頑張りました
 
 
そんな中、私は自分の将来を考えて、昨年退職を決意しました。
 
できることなら、その方々ともスッキリと感謝の気持ちを伝えたかったです。
 
 
しかし、私が甘かった。
 
 
突然野村證券を辞める私に対して、地域コミュニティのリーダーとかなりイザコザがありました。
 
その人は60歳過ぎの年配者です。イメージとしては江戸っ子の頑固親父。
好きな言葉は「仁義」と「義理人情」と「仲間」。
 
私はその人にボロクソに罵倒されました。
 
 
「仲間なのになぜ相談しないんだ?」
「今までの恩を蔑ろにするのか?」
「お前に勧められた株、どうするんだ?」
 
「お前は最悪だ 」
「お前は最悪だ 」
「お前は最悪だ 」
「お前は最悪だ 」
「お前は最悪だ 」
 
「お前は最悪だ!! 」
 
 
正直、退職するのも相談するのも私の自由だと思います。
ですが、これまでの付き合いから罪悪感もありますので、私はひたすら頭を下げました。
 
しかし、そのリーダーの暴言は止まりません。
私がお客様を増やすために地域コミュニティに参加してきた行動を「邪心」とまで言いました。
 
確かに仕事のために関係を作ったのは事実なので「邪心」と言われるのは仕方ないかもしれません。
 
でも、「邪心」と言われてしまうと、2年以上私がそのコミュニティのために尽くした頑張りは、全て迷惑だったということでしょうか?
 
たまに商品を買ってくれたのも、私を信頼してくれたわけではなくて、ただの「義理」だったということでしょうか?
 
 
私は自分の人生のための選択をしました。
しかし、会社員とお客様の関係から考えると私が悪者になります。
 
それは正論であって、何も反論できません。
悪者は正義に罰せられて当然です。
 
なので、人格否定されても憎んではいません。むしろ義理でも私の勧めるものを買ってくれたことは本当に感謝しています。
 
ただ、申し訳ない気持ちと、理解されない悲しさが、いつまでも心に残っています。
 
 

組織に対する想いの差

 
私と彼らでは、組織に対する考え方に大きなギャップがありました。
私がそれを軽く見てたのがこうなった原因のひとつです。
 
会社を退職して地域コミュニティに依存する年配者は
「地域での活動」=「人生の居場所」
になっています。
 
それに対して、私はこの地域コミュニティ以外にも所属するコミュニティが数多くあります。勤める会社、友人との繋がり、ここ以外の地域コミュニティだって参加してます。
 
私にとっては全てが大切です。
そして自分自身のこれからの人生だって大切です。
 
 
私が退職を決めた時、
会社での事務作業、両親への説得、独立の準備で、死ぬほどバタバタしていました。
 
精神的にもかなり不安定でした。
 
言い訳ですし、甘えなのはわかります。
でも、それを少しくらいわかってほしかった・・。
 
 
しかし、このことを地域コミュニティのリーダーに伝えようとすると、
 
「それ、あなた個人のことでうちらには関係ないから。」
 
と、途中でバッサリ切られてしまいました。
 
 
なるほど。
確かに私が決断して勝手に忙しくなっているだけです。そんなことが地域コミュニティの空気を悪くしていい理由にはなりません。
 
そして、この言葉でそのリーダーが持つ組織への考え方がわかりました。
 
仲間がどの様な考えを持っていて、仲間がどの様な悩みを抱えているかは、一切関心が無いということです。
  
 
これが「仁義」なのでしょうか?
それとも「仁義」を通さないものへの制裁なのでしょうか?
 
 
私にはわかりません。
 
ただわかるのは、組織こそ尊いものであり、リーダーは神であり、邪心の持ったはみ出し者の人生はどうでもいいということです。
 
 

「同調」より「調和」という考え方を

 
私が例に出したこの地域コミュニティは、人も減ってどんどん衰退しています。
 
昔のようにコミュニティに選択肢が無かった時代は、この組織運営でも良かったと思います。
 
ただ、インターネットが普及して生き方が多様化する現代では、このやり方は人が離れていくだけです。
 
組織に対する強い想いがあるのなら、伝統を大切にするのではなく、時代に合わせて運営のやり方を変えることが必要なはずです。
 
 
これからの組織のあり方は、個人に「同調」を強いるのではなく、個人の「調和」を重んじるべきです。
 
同調調和、似てるようで意味はかなり違います。
 
個人が組織に思想・意見を合わせるのが「同調」です。
そして、個人が個性を保ったまま、その状態で上手くまとまることを「調和」と言います。
 
 
十人十色の人材が「調和」する組織づくりが、今の日本の課題だと思います。
 
同調は、個性を殺す。
イノベーションを殺す。
会社に思考停止人間を生み出す。
組織にイジメや差別を生むこともある。
 
 
同調より調和が絶対に大事です。
 
自分と違う思想を持つ人も、広い心で受け入れられる社会になればいいですね。
 
他人の目を気にせず生きて、他人の個性は尊重する。
その方がみんな幸せでしょ!!
 
 
まぁ今回は、
狭く深い繋がりを求める地域コミュニティに、ビジネスライクで足を踏み入れたのがそもそもの問題。

これは反省すべきですし、他の営業マンにも気をつけてもらいたい。
 
人間関係って難しいです。
 
 
ではでは